テニスクラブのContrast 〜ほっと一息?水曜日の対比。〜

散々な目にあったここ3日間の後の水曜日、
学校が終わったさんとさんはテンション高く
プリンステニスクラブへと足を運んでいた。

「いやー、今日はホンマラッキーやわぁ。」

さんが『ほ〜っ』という効果音が似合いそうな安心しきった表情で言った。
ちなみに昨日2箇所に貼る羽目になったバンソウコウは
いまだに彼女の顔にくっついてたりする。

「何たってあのメインコーチ殿の顔を拝まんで済むからなー♪」

さんのこの発言をそのコーチのファンが聞いたら
サブマシンガンで集中射撃をしに来るに違いない。

「アンタ、テンション高すぎ。」

隣を歩くさんが呟く。

「そーゆーこそ、今日はあの馴れ馴れしいのに
来られんで済む、とか思てるんやろ、どーせ?」
「…わかる?」
「そらまー長年の付き合いで。」
「ご名答。」

さんは言ってフ、と笑う。

「うちのサブコーチは幸いまあまあまともだし。」
「リズムはともかくとして?」
「うん。」

あんまりにもあっさりというさんにさんは一瞬無言になった。

「で、の方は?」

さんはさんの無言モードを完全無視である。
これも長年の付き合いがなせる技か。

「うちはなー、1人はおんなじ関西人やからえーねんけど、
も1人のにーちゃんがちょっと…。
事ある毎にブツブツ言いながらなんかメモっとうからなぁ、
不気味でしゃあない時あるねん。」
「その人昔ストーカーだったとか。」
「有り得そうでイヤやな…あ、着いた。」

いつのまにやら2人のお嬢さんはプリンステニスクラブの前に到着していた。

「おっしゃ、ほな今日も行こかー!」
「じゃ、私こっちだから。」
「うん、また後でなー。」

ちゅー訳で、今日の対比の始まり始まり。



さんの場合』

さんはいつもどおりテニスコートにやってきた。

「おぅ、の嬢ちゃんか。」

コートには忍足コーチがいた。どうやらベンチに座って何やら読んでいたようだ。

「どうもこんにちわ。」

さんは関西弁抑揚丸出しで挨拶。

「昨日はえらい目に遭うたなぁ。」
「いやぁ、アハハハ。」

昨日は、やのうて(じゃなくて)昨日、やけどと、さんは内心で付け加える。

「まあ、相手が跡部やから、な。」

…結局それかい。

さんは突っ込んでから、あれ?と思って辺りを見回す。
何か、人口が1人足りない。

「ああ、乾やったらまだやで。何やコーチ室でゴソゴソしてたから、
またロクでもないもん用意してるんちゃうか?」
「ロクでもないもんって…?」
「気にせんでええ。」

いやいや。

さんは思わず手をパタパタさせる。

気になりますって!!

忍足氏もさんの言わんとすることは気がついていたらしい。

「どの道嫌でもわかることやから、今は考えんとき。どーせ普通の人間の想像超えとるしな。」
「…何か、ごっつヤ〜な予感してるんですけど、私。」
「うんうん、正しい反応や。」

言われてさんの背筋に冷たいものが這う。

(何か…あの俺様コーチがおらんにも関わらず、
今日もえらい目に遭わされそーな気ぃする…)

「心配せんとき、嬢ちゃん。」

忍足氏がさんの肩をポムッと叩いた。

「何かあったらちゃんと責任はとったるから。」

おいっ!!

それって全然安心出来へんし!!

さんの心中は全くもってご尤もである。
が、忍足氏は気づいているのかいないのか、

「ところで嬢ちゃん。」
「はい、何でしょか。」
「無意識の内に手が平手突っ込みモードになってるん、何とかしいや。」
「はうっ!」

関西人が2人してお笑い劇場を展開していると、

「やあ。」

噂をすれば何とやら、乾コーチがやってきた。
…片手に何やら大きな水筒を持って。


さんの場合』

さんがテニスコートにやってくると、今日担当のサブコーチお二方は既に来ていた。

「おっ、来た来た。」
「やあ、さん。こんにちわ。」

声をかけてもらってさんもペコリと一礼。

「今日も宜しくお願いします。」
「こちらこそ」
「宜しくなっ!」

鳳氏の笑顔は素晴らしく爽やかさんであり、神尾氏は熱血全開である。

何がともあれ健康的で結構。

「何だかさん、今日はあんまり硬くなってないね。」

鳳氏が言うのでさんは、え?と思う。

「そらそーだろ、」

言ったのは神尾氏である。

「何たって今日は千石さんがいないからな。」
「でも神尾君も、昨日はさんにかなり五月蝿い思いさせたんじゃない?」
「…おい、そりゃどーゆー意味だよ。」

神尾氏はムッとしたが生憎、鳳氏の言うとおりなのでさんは密かに苦笑せざるを得ない。

「俺だってなー、昨日は千石さんの暴走止めるのに必死だったんだからなっ!」
「はいはい。」

この場合、鳳氏の流し方は流石と言うべきか否か。

「やっぱりお前時々失礼だぞ、鳳…。」

神尾氏はブツブツ。

「まあまあ、それより早く始めようよ。」
「…それもそうだな。おっし、今日もリズムに乗るぜ!!」

結局そうなるのか、とさんは再び苦笑。

でもまっ、いいか。
今日は穏やかに過ごせそうだし。


ちょっと不穏な予感のさん、ほのぼの呑気なさん、
それでも天気は晴れ、の水曜日の午後である。
さてさて、どうなるやら…


さんの場合』

「すまない、遅くなった。」

巨大水筒を下げて現れた乾コーチは侘びを入れた。

「あ、いえ。お気になさらずに。」

さんは言いながら、乾コーチの持ってる水筒から目が離せない。
えらいでっかいもん持ってはるけど、一体何入ってんねやろ。

「これ、気になるかい?」

さんの視線に気がついて乾氏が言う。
さんがコクンコクンと肯くと、

「あかーんっ!!!」

ビュンッ

血相を変えた忍足氏がすっ飛んできて、水筒を開けようとした乾氏の手を取り押さえる。

「アカンで、乾。ぜーっっっっっっっったい、それ開けんなや!!」

忍足氏のえらい狼狽振りにさんは首を傾げる。

「どうしたんだ、忍足。随分と慌ててるな。」
「どしたもこしたもあるかい!!お前、それの中身アレやろ、アレ!!」

アレって何やろ?

さんがそう思ったのは言うまでもない。

「えーか乾、俺は救急車沙汰は二度と御免やからな!!!」
「やれやれ、えらい言われようだ。わかったよ。」

乾氏は残念そうに言って、開けかけた水筒の蓋を閉める。
忍足氏は怒った野生動物みたいにフーフー言ってるし、
一向に要領を得ないさんの頭の上には大量の疑問符が浮かび上がる。

何がどないなってんねやろ。
てゆーか救急車沙汰って何???

「救急車って…」

さんは傍らの丸眼鏡おにーさんに聞いてみる。

「あの水筒の中身、何ですのん?」
「…何ですのんって、まるでおばちゃんやな。ってそれはともかく、
聞かん方がええ。寧ろ聞かんといてくれ。」

おにーさんがゲンナリしているのを見て、さんはそれ以上は聞かないことにする。

「忍足、大丈夫か?」

アンタのせいやろ。

しれっとした顔で(眼鏡で細かい表情はわからないが)言う乾氏に
さんはすかさず心で突っ込み。

「それじゃあ、さん、レッスン始めようか。」

しかも結局忍足さんはスルーかい。

そんなことを知ってか知らずか乾氏は淡々とことを運ぶ。

「俺はあっちのコートに入るから君はそのまま。」
「あの、忍足コーチは…」
「とりあえずどれくらい打てるよーになったか見てみよう。」
「ほっといてええんですか?」

さんが言ってるのに乾のおにーさんは完全無視だ。

「行くよ。」

パアンッ

「おっと!」

さんは吃驚しながら打ち返す。

パシッ

「ふむ、日が浅いのになかなかだな。」

ビシッ

「跡部に大分しごかれたね?」
「………イジメられマシタ。」

返しながら言えば乾氏は苦笑する。(少なくともさんにはそう見えた。)

「無理もないな、跡部は厳しく行くタイプだから。
ちなみに忍足はそろそろ復活するから心配しなくていいよ。」

しかもきっちりさんがさっき言及したことに触れているときている。

…前も思たけど、食えへんにーちゃんやな。

「食えない人種で悪いね。」
「!!!!」

きっちりバレとうし。
そこへ、

「おーい嬢ちゃん」

ゲンナリモードから這い上がった忍足氏の声が加わる。恐るべしは乾コーチ、予測どおりだ。

「だんだん肘曲がってんでー。ちゃんとせんかったら乾に病院行きにされるでー。」
「え゛?」

ここでさんの不安は増大した。

「やれやれホントに失礼だな。」

乾氏が嘆息する。
が、さんは思った。

あながち間違いでもちゃうんとちゃうんか?

と。


さんの場合』

コーチがまともだと何事も素晴らしく穏やかに且つスムーズに進む。

さんは今、大変に平和な時間を過ごしていた。

「行くよ。」
「はい。」

ヒュッ パンッ

鳳氏が打ったボールをさんは打ち返す。

「いいよ、もう少し強めにやってごらん。」

バシッ

「おーい、もっと思い切ってやってみろって!」

神尾氏が軽快に叫ぶ。

打って走って指導を受けて。これぞまさに正しいテニスクラブライフのあり方。
ついでに少女マンガもびっくりの爽やか青春ぶりだ。

約一名いないだけでこーも違うものか。

「…何か、メッチャクチャリラックスしてねぇか?」

神尾氏に言われてさんはちょっとだけギクリ。
しかし顔には出さない。

その友とは全く逆のミズ(Ms.)・ポーカーフェイス、いやはやお見事。

「ま、別に構わねぇけど。無理もないしな。」

100%の確率で神尾氏は、昨日千石氏と一緒に仕事をして
大変な思いをしたことを根に持っていると思われる。

「一瞬、もっぺんのしてやろーかと思ったからな…」

もっぺんって、一度のしたことがあるのか、とさんは素朴な疑問を抱く。

「神尾君、滅多なこと言ったらダメだよ。」

ボールを打ちながら喋るという器用な芸当を披露しつつ、
ネットの向こうで鳳氏が口を挟んだ。

「滅多なことって何だよ!俺はいっぺん、千石さんに勝ったことあんだぞ!!」

神尾氏が叫ぶのを聞いて、さんは、そーだったのかと内心でちょっと吃驚した。

「中学の時のことだよ。」

鳳氏が親切にも注釈を加える。

「俺は見れなかったんだけど、凄い試合だったんだって。
タイブレークにまで入った接戦だったそうだよ。」
「残念…」

さんはボソリ、と呟いた。

「私も千石コーチがコテンパになってるトコ見て笑い飛ばしたかったです。」

ボボーン

さん…」
「お前…結構言うんだな…」

顔に似合わぬさんの爆弾発言に、2人のコーチの顔に軽く縦線が入る。

しかし、さんは意に介さない。彼女にとってはこの程度の発言、極々フツ〜のことだ。

「やっぱり千石さんは気をつけないとダメだね。」
「おう、こんままだと後でえらいことになるぞ、あの人。」

ちょっと。
それどーゆー意味よ。

友人のさん以外には言われたくなかった、と思うさんだった。



そんなこんなでさんとさんのレッスンは現在進行形、動詞の末尾にing。

「ふむ、疲れてくるとラケットヘッドが5ミリ下がる癖があるな…。腕の筋肉を強化しないと。」
「5ミリ……」
「驚くことないで、こいつは下手したらナノメートル単位までデータ取りよるからな。」
「俺は電子顕微鏡じゃないよ。」
『違ったんかい(ですか)?!』

「神尾君、やっぱりその口癖何とかならないかい?」
「リズムに乗って何が悪いんだよ!」
「そこ。」
「……………、何も耳塞がなくてもいーじゃねぇか。」
「すいません、うるさかったもので。」
『……………………(何かこの子怖い。)』


今んとこ波風もなく順風満帆。

しかしそれはいつまでも続くとは限らない。


さんの場合』

レッスンを順調にこなしたさんとこは小休止を入れてるとこだった。

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。」

大きく息をつきながら、タオルで汗を拭くさん。

「大分疲れてるみたいだね。」

乾コーチがそんなさんを見下ろす。

「はぁ、普段ほとんど運動してへんもんで…運動音痴やし。」

疲れている時に座ったまま180センチはある背の高い兄ちゃんを見上げるのは容易じゃない。
さんは一応ちゃんと喋ってるが、実は少々バテ気味だった。

乾氏はそんなさんを見て、何を思ったのか、『あっついなぁ〜』と思いながら
空を見つめる少女の後ろで何やらゴソゴソする。

液体を何かに注ぐ音がしているが、体力を消耗してる上、ひたすら暑いことばかり
気にしてたさんはあまりそれに頓着していない。

「はい。」

後ろでゴソゴソする音が止まったかと思えば次の瞬間、
さんの鼻先にドリンクのボトルがあった。

「あ、えーとぉ……」
「大分消耗してるみたいだからね、疲労回復に飲んでごらん。」
「はぁ、どうも、有り難う御座います。」

ここでのさんの不幸は2つある。

  1.さんはレッスンの始めに乾氏が持ち込んだ巨大水筒のことで
    何やら嫌な予感がしたことを忘れていたこと。

  2.同僚を止めてくれるはずの忍足氏が今、お手洗いかどっかに行ってて
    その場に居なかったこと。

しかしそんなことに気がつかないさんはうかうかと
乾コーチの手からボトルを受け取り、その中身を吸い上げる。

そして、悲劇は起こった。

「むぐぎゅーーーーーーーっ?!?!?!」

澄んだ青空の下、とてもじゃないが口の中になんか入ってるままとは
思えないくらいの絶叫が木霊する。

勿論、さんの。

ちなみに上記の絶叫は本来、『何やーーーーーーーーーっ?!?!?!』と
言いたかったものと推測される。

いや、そんなことはどうでもよろしい。

ともあれさんはダッシュした。
もし担当のメインコーチ殿が見たら感心するだろうくらいのスピードでダッシュした。

寧ろ脱出した。テニスコートから。

そうしてヨロヨロしながらさんが辿り着いたのは、手洗い場だった。

早速、このお嬢さんは水道の栓をひねって浴びるように水を飲む。

「うげぇぇぇぇぇぇ、気持ち悪うぅぅぅぅぅ〜。」

ちくそー、あのにーちゃん。一体何飲ませんねん(飲ませるんだ)!!

気持ちが悪いと言いつつも、頭の中はきっちり悪態をついている辺りはさすがか。

しかし、さんの状態はお世辞にもいいとは言えなかった。

ムカムカする胃を押さえながらとうとう彼女はズルズルと手洗い台にもたれかかってしまう。

「あれ?」

聞きなれた声がしたのはその時だ。

の嬢ちゃんやないか、どないしたんや、気分悪いんか?!」

丁度忍足氏が、テニスコートに戻ろうとしている時だったらしい。

「いやぁそれが…乾コーチがくれた飲みモン飲んだら
急に吐き出しとなる物凄い味に襲われて…」
「乾がくれたて…アンタ、何飲んだんや?!」
「何か、ドロッとしてて匂いきつぅてしかも、何か口ん中野菜の
繊維らしきものが大量に残ってるんです…」

駆け寄ってきてくれた忍足氏の顔が蒼白になる。

「そうか、まだ野菜汁やったらよかったわ。」

まだ?!

今度はさんが蒼白になる番である。

まだって……まさかアレを超える飲みモンを乾さんはお持ちやと?!

「せやけどあいつ、あれ程飲ますな言うたのに…。こらシバキ決定やな。」
「うー…」
「大丈夫か、嬢ちゃん。」

忍足コーチに支えてもらってさんは何とか立ち上がる。

「これでわかったやろ、何であいつに水筒開けるな言うたんか。」
「ふぁい。(ハイ)」
「アレは中学ん時から乾と同じガッコの奴にも不評買っとったからな。」
「それはともかく辛いです…うう。こんな醜態、跡部コーチに見せられへん…」
「ホンマ、今日はあいつがおらんのが唯一の救いやな。」

そうしてさんは忍足コーチに助けられてズルズルとコートまで戻ったのだった。

さんの場合』

さんとこが小休止を入れている間、さんとこも小休止に入っていた。

何分暑いので日陰に入って鳳氏や神尾氏と共に他愛のない雑談に
平和に花を咲かせてたのである。
(と言ってもさんはあんまし喋らんタチなのであるが)

「そうか、じゃあさんは普段あんまり運動しないんだね。」
「はい…」
「頑張るのはいーけどよ、もし怪我した時は無理すんなよ。」
「経験者は語る、だね、神尾君。」
「おい、ヤなこと思い出させるなよな…。ま、そうだけどよ。」

そんな感じでさんは鳳氏や神尾氏の中学の頃の話を色々聞かせてもらって、
ついでに聞かれたらちょっとだけ自分の話もして時を過ごしていた。

「それでテニスする気になったってのも不思議だな。」
「いいんじゃない、きっかけって人それぞれだし。ね?」
「は、はい…」

ここで妙ちきりんな絶叫が聞こえてこなかったら、
さんはもうちょっと穏やかに今日を過ごせたかもしれない。

「お、おい、今の何だよ?」
「何か、悲鳴みたいな感じだったよね。」

2人のコーチがどうしたのかとコートの外の様子を窺っている時、
さんは密かにため息をついていた。
それもちょっと苛立ちの混じった奴を。

…」

呟くさんに、鳳・神尾両氏はえっ?!と振り返る。

「あの声、さんの友達?」
「おいおい、今日は跡部さんも別んとこ担当の日だろ、一体何なんだよ。」
さん、間違いないの?」
「……間違いないです。」

何たって長年あの神戸弁と付き合ってるさんである、聞き間違いのはずがない。

(またあいつは、何しでかしたのよ。)

さんはこっそりチッと舌打ちをした。
どーもはトラブルに巻き込まれやすい奴である。

「あの…ちょっと心配なんで見てきていいですか?」

さんが遠慮がちにお伺いを立てると、2人のコーチは顔を見合わせる。

しばし兄ちゃん方は無言モードだったが、口を開くと次のように言った。

「俺達も行くよ。」
「なーんか嫌な予感がするからな…」

そーゆー訳で1人の少女と2人のお兄さんは叫び声が聞こえた現場に急行する。

……この場合、コートを空っぽにしていいのかとか何とか細かいことを気にしてはいけない。


で、3人が現場に急行すると、そこには乾氏が1人ポツネンとしていた。

逆光眼鏡のドリアン頭はこういう状態だと凄く目立つ。

さんは友の姿が見えないので、どうしたんだろうとそこらをキョロキョロした。

「乾さん」

鳳氏が声をかける。

「やあ、鳳に神尾か。それに…さんの友達まで。みんなしてどーしたんだい?」
「どーもこーもないっスよ!」

神尾氏が声を上げる。

「さっきえれー叫び声がして、んでが友達の声だって言うから…」
「ああ、あれね。」

乾氏はしれっとした雰囲気で逆光眼鏡を押し上げる。

あの眼鏡の下は美形に違いない、とさんは偏見で以って独り決めしてみたりする。

当の乾氏は手にしたドリンクのボトルをこっちに振ってみせていた。

「これをさんに飲ませたら急に叫びだしてね、
そんでダッシュしてどっか行ってしまったんだ。」

たちまちのうちに鳳氏と神尾氏の顔から血の気が引いた。
それもズザザザザザとゆー音を立ててハデに。

勿論、要領を得ないさんは首をかしげている。

一体はどうしたというのだろうか。

「乾さん…」

神尾氏がユラ〜と剣呑な空気を纏いながら言った。

「アンッタ、何てことを!」
「そーですよ、」

鳳氏も口をそろえる。

「よりによってあんなの飲ませるなんて!!さんが可哀想です!!」

どうも自分の友が何やら飲まされてえらいことになったらしいが…一体何を飲んだのか。
さんの興味は尽きない。

そんなさんの視線を乾氏が見逃すはずもなかった。

さんだったね、君も飲んでみるかい、乾特製野菜汁?」
「乾さん!!」
「じょーだんじゃねー、うちの生徒まで被害者にするつもりかよ!!
、やめろ、ロクなことねーぞ!!」

しかし、鳳氏と神尾氏が口々に言うのも聞かずにさんは
乾氏が差し出したボトルに手を伸ばしていた。

「じゃあ…頂きます。」

さんはボトルに口をつけて、コクコクと飲み始める。
担当サブコーチたちが固唾を呑んで見守っているが、彼女にはまるっきし映っていない。

……そして待つこと数十秒後。

「おいしいですね。」

がぼーん!!

さんが漏らした感想に鳳君と神尾君は衝撃を受けた上、死後硬直モードに陥った。
ついでに乾氏も唖然としている。

「何ではこれで叫んだんだろ、相変わらずわかんない奴。」
「わっかんねーのはお前だよっ、!!」
「凄い…あの野菜汁平気なの、不二さんだけかと思ってたのに…」
「や、やるな…」

関係者の驚きの視線をよそに、さんは1人、乾特製野菜汁の味を堪能していたのだった。


その後はどーなったかというと、

  忍足氏に肩を借りてさんがコートに戻ってくる。
      ↓
  忍足氏が怒りで乾氏をどつく。(この間にさんはぶっ倒れる)
      ↓
  乾氏、同僚3人にごうごうの非難を浴びる。
      ↓
  1人平気な顔して野菜汁を飲んでいるさんに関係者一同、顔に縦線。
  (忍足氏が『有り得へんっ!!』と叫ぶ)

…とまあ、こんな具合である。

合掌。

ちなみにさんはこの後何とかレッスンを再開出来る状態になったことを付け加えておく。


「結局今日もえらい目にあったがな…」
「そう?あの野菜汁おいしいじゃない。今度また貰いに行こっかな。」
の味覚、相当変わっとうわ……私は二度と御免やで。」


「凄かったね、さん。」
「ああ、まさか不二さんの他にもあの汁平気な奴がいたなんてなー。」


「乾、次やらかしたらホンマにお前殺すで。」
「残念だな、今度はペナル茶を持ってくるつもりだったんだが。」
「やめんかい!!」


そうして水曜日の日は暮れるのだった。


To be continued.



作者の後書き(戯言とも言う)

ここまでこぎつけるのにどんだけかかったことやら…

意外とこのメンバーでは書くのが大変でした。
ボケ突込みがやりにくくて(-_-;)

特に鳳・神尾組は基本的にマトモな人達なのでギャグが書きづらいのなんの…
何とかこの話を完成できたのはひとえに野菜汁のおかげです(笑)いや、ホント。

ちなみにさんが野菜汁を飲みきったのは撃鉄の友人が自分でレシピどおりに作って飲んだところ、
平気だった(寧ろおいしかったらしい)という実話に基づいております。

多分、彼女はそろそろ青酢も試そうとしてるでしょう。
これを書いている現時点ではブルーハワイのカキ氷シロップが既に店に並んでるんで。

ブルブル~~(-_-;)~~
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